インターメカニカ東京 - Intermeccanica Tokyo

インターメカニカ東京 - Intermeccanica Tokyo 356スピードスター、コンバーティブルD、キューベルワーゲンのレプリカを

滑らかな流線型と独特のフェイスを持つ、ポルシェ356A、ドイツ軍用車として悲しい歴史をもつキューベルワーゲン。それぞれ違うフォルムであるが、そのルーツは同じである。
 
インターメカニカ社、そのルーツを現代に黄泉がえさせるべき、カナダはバンクバーの地においてレプリカモデルを製作する。しかしその歴史は古く、1959年にイタリア、トレノで同社を設立。フォードV8エンジンを載せ、独特なスポーツカーを製作。その後1975年より6年間のロサンゼルスの時代を経て1982年より現在の地にいたる。
 
生産は完全なオーダーメイド制、エンジンもリビルト品ではなく新品のVW製を搭載し、チューンアップモデルも選ぶことができる。ヒストリックカーでありながらも、新車として現代のロードにマッチした快適なドライビングが楽しめる。
 
ボディカラーは自由に指定でき、内装も70あまりの色を持つ。
世界でたった1

台しかない、自分だけの356、キューベルを創れるのも大きな魅力のひとつである。
 
オリジナルの素晴らしさを最大限に再現し、しかもオリジナルを超えた性能を持つ究極のライトウェイトスポーツカー、インターメカニカ。
ただ単に新しい自動車を求めるのではなく、クルマと対話し、風を感じ、走る悦びをじっくり味わう真のエンスージアジストに、この車を捧げたい。

Rest in Peace, Paula Reisner🙏🏼ポーラ・ライスナー(1935–2026)伝説的スペシャリティカー・メーカー「インターメカニカ」の共同創業者インターメカニカ(Intermeccanica)の共同創業者であり、戦後を...
04/03/2026

Rest in Peace, Paula Reisner🙏🏼

ポーラ・ライスナー(1935–2026)
伝説的スペシャリティカー・メーカー「インターメカニカ」の共同創業者

インターメカニカ(Intermeccanica)の共同創業者であり、戦後を代表するスペシャリティカー・メーカーの発展を支えた中心人物の一人、ポーラ・アンナ(フライ)・ライスナーが、2026年2月27日、カナダ・バンクーバーにて安らかに逝去しました。享年90歳。

ポーラは1935年12月27日、チェコスロバキアのプラハで生まれました。彼女の幼少期は、激動の時代とそれを乗り越える強さに彩られていました。父ジョン・フライはヤワ(Jawa)モーターサイクルのゼネラルマネージャーであり、幼い頃から機械やモータースポーツに囲まれた環境で育ちました。しかし第二次世界大戦がその日常を大きく変えてしまいます。ドイツ占領、そして戦後のソ連による支配の中で一家は祖国を離れざるを得なくなり、最終的にはドイツの難民キャンプで生活することになりました。

その後ポーラはヨーロッパ各地を経て、1951年、15歳のときにカナダへ移住します。英語を話せない状態での新しい生活の始まりでしたが、彼女は学業で優れた成績を収め、オンタリオ州キングストンの高校をほぼ首席で卒業しました。医学部への奨学金も得ましたが、健康上の理由により進路を変更し、モントリオールのサー・ジョージ・ウィリアムズ・カレッジ(現コンコルディア大学)で英文学を学び卒業しました。

そこで出会ったのが、自動車に情熱を抱く若者フランク・ライスナーでした。二人は1957年に結婚し、やがてインターメカニカ誕生へとつながる生涯のパートナーシップを築きます。

1958年、三か月の予定で始まったヨーロッパ旅行は二人の人生の転機となりました。フィアット500でヨーロッパ各地を巡り、レースサーキットや自動車メーカーを訪れる中で、二人はイタリア、特に自動車産業の中心地トリノに魅了されます。そして帰国せず、そこで新たな人生を始めることを決めました。

1959年、フランクとポーラはトリノでインターメカニカを創業します。フランクがビジョンを描く一方で、ポーラは会社の実務を担う要となりました。物流、事務、経営管理など、アイデアを実際の自動車として形にするためのあらゆる現実的な業務を支えたのです。

当初は通信販売によるパフォーマンスパーツやレーシングエンジンの供給から始まりましたが、やがてインターメカニカは個性的なグランドツーリングカーのメーカーとして国際的な評価を得ます。インターメカニカ・イタリア、アポロGT、IMP、そして後のインドラといったモデルは、イタリアンデザインとアメリカンパワーを融合させた車として知られるようになりました。

1960〜70年代の不安定なスペシャリティカー市場において、ポーラは戦略家であり、組織者であり、問題解決者でもありました。フランクと共に、インターメカニカを世界的に知られるブランドへと成長させたのです。

しかし1970年代のオイルショックと経済不安は再び大きな転機をもたらします。1975年、ライスナー一家は三人の子供を連れてロサンゼルスへ移住し、事業をゼロから再建しました。インターメカニカはポルシェ356レプリカの開発・製造へと舵を切り、小規模メーカーにとって厳しい時代を乗り越えることに成功します。

1982年にはカナダ・ブリティッシュコロンビア州バンクーバーへ拠点を移し、その後約40年にわたり同地で事業を続けました。

ポーラは2001年にフランクが亡くなるまで彼と共に会社を支え続け、その後は長男ヘンリー・ライスナーと共に経営を続けました。インターメカニカは2022年に売却されるまで、長年にわたり家族経営の企業として存続しました。

インターメカニカの歩みは、ポーラ自身の人生そのものを映し出していました。戦争、亡命、国境を越えた移住、そして幾度もの再出発。彼女は常に適応し、前へ進む強さを持ち続けました。

自動車以外の分野でも、ポーラには多くの情熱がありました。読書家であり、料理を愛し、自然をこよなく愛していました。特にキノコ採りは、ボヘミアの森で過ごした幼少期に始まった生涯の趣味でした。またモータースポーツの熱心なファンでもあり、とりわけF1でフェラーリが表彰台に立つ瞬間を楽しみにしていました。

ポーラ・ライスナーは、国境や時代を超えて生きた特別な人生を歩みました。どんな困難にも適応し、前へ進み続けたその姿勢は、彼女の家族と、彼女が築き上げた自動車ブランドの両方を形作るものとなりました。

ポーラは、子供たちのヘンリー、エブリン、エドワード、そして孫たち、親族、世界中の友人たちに見送られました。夫フランク・ライスナーはすでに他界しています。

ポーラの人生を偲ぶセレブレーションは、2026年5月23日にライスナー家によって開催される予定です。

久々にヘンリーと会いました。私は私用(オーロラ観光)で赴き、帰りの経路でバンクーバーに立寄るという状況でした。朗報です‼️ヘンリーは以前、エレクトロメカニカ社に譲渡したインターメカニカの全ての権利を取り戻しました。既にボディの型は以前に引取...
18/02/2026

久々にヘンリーと会いました。
私は私用(オーロラ観光)で赴き、帰りの経路でバンクーバーに立寄るという状況でした。

朗報です‼️
ヘンリーは以前、エレクトロメカニカ社に譲渡したインターメカニカの全ての権利を取り戻しました。
既にボディの型は以前に引取りしてましたが、フレームの型など残っているパーツ類もです。
ただ新車を製作した頃の様な潤沢な状況ではありません。
しかしオーナーにとって嬉しい限りです。
ライズナー・カロッチェリアの社名もインターメカニカに変更します。
引き続き、オーナーにはメカニカ車を大事に乗り続けて行って欲しいと言ってました。

会員のみなさん、今年のクラブグッズです。あるオーナーからのリクエストでTシャツにしました。グラフィックデザイナーのオーナー(T氏)によるものです。カラーは黒ではなく炭色です。
22/10/2025

会員のみなさん、今年のクラブグッズです。
あるオーナーからのリクエストでTシャツにしました。
グラフィックデザイナーのオーナー(T氏)によるものです。カラーは黒ではなく炭色です。

今年のミーティング、笹瀬ステッカーです!
22/10/2025

今年のミーティング、笹瀬ステッカーです!

記念写真。皆さん、嬉しそう。
19/10/2025

記念写真。
皆さん、嬉しそう。

途中でパーワースポットの白鬚神社の鳥居を横目ににして、ランチ会場へ向かいます。ランチでは今回のミーティングの想い出話しで盛り上がります。
19/10/2025

途中でパーワースポットの白鬚神社の鳥居を横目ににして、ランチ会場へ向かいます。
ランチでは今回のミーティングの想い出話しで盛り上がります。

19/10/2025
カフェに到着。曇った空が身近に感じ、背景と356がとても印象的。
19/10/2025

カフェに到着。
曇った空が身近に感じ、背景と356がとても印象的。

近江大橋を渡り、湖畔のカフェへ向かいます。
19/10/2025

近江大橋を渡り、湖畔のカフェへ向かいます。

2日目、ツーリングスタートです。朝まで降っていた雨、しかしやみました!準備に時間を掛け、コース説明に耳を傾けます。
19/10/2025

2日目、ツーリングスタートです。
朝まで降っていた雨、しかしやみました!
準備に時間を掛け、コース説明に耳を傾けます。

住所

南烏山6-16/3
Setagaya-ku, Tokyo
157-0062

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