今から半世紀も前、明治生まれの初代創業者清二郎が中島の地でガソリンスタンドをはじめたとき、村内で自家用車を持っている家庭はたったの3件だったそうです。
1ヶ月かけてドラム缶1本分しか販売できなかった時代。いつかくる車社会を信じて矢内石油は誕生しました。
2代目の頃にはホームエネルギーとしてLPガスの取り扱いも始まりましたが、そのスタートは非常に大変なものでした。
今では電気や水道のようにガスメーターが設置され、燃料切れのないようトラックでの定期配送システムが組まれていますが、当時はガスボンベ1本ずつカブのような小型バイクで配送していたのです。
時代は流れ、車は1人1台所有する世の中になり、さらには家庭でのエネルギーも様々選べるようになりました。
次第にエネルギーは、水や空気と同じく、あって当然と感じられるようになりながらも、有限な資源として世の中からの捉えられ方も少しずつかわってきています。
それは震災を前後に私自身ひしひしと感じるようになってきたのです。
そこで、2012年矢内石油はひとつのミッションを定めることになります。
『くつろぎの場を増やす』
東日本大震災を通して、多くの物資とともに逼迫したのがガソリンを中心としたエネルギーでした。
家族を安心させるために、食材を手に入れる。家族を寒い思いさせないよう灯油を探し求め、燃料不安になりながらも車を走らせる。多くの方々を見てきました。
そこでひとつの気付きが生まれたのです。
ガソリンや灯油、ガスや電気、それらは単に燃料なのではない。くつろぎの源なのだと。
矢内石油は、中島村のお客様の支えが合って、約半世紀も地域に根ざすことができました。これからもどういう形で貢献していくかを考えるきっかけになったのは、燃料、エネルギーが持つ原点。
それは家族の「くつろぎ」であるという結論に辿り着きました。
『くつろぎの場を増やす』
これを矢内石油の企業ミッションと捉え、もっともっと地域に根付いた企業にしていきたいと考えています